| 野口晴哉 |
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躾 の 時 期 生後13ヵ月の依存の時期を経過すると、やがて幼児たちは何でも自分でやろうと行動するようになり、親の言葉に対しても、小さな反抗を繰り返すことがある。 この時期(3歳〜5歳)を著者は「独立の時期」と捉えて、何ものにも依りかからないで生きてゆける自由な人間を育てる急処だと考えている。同時にそれは躾の時期でもある。 著者のいう躾とは、人間の心の自律性を活かすものであり、自分の要求を積極的に発揮する手段であって、その人を美しくする身だしなみでもある。その躾をさまざまな角度から究明した本書は、親に対する躾の書でもある。 |
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叱 り 方 褒 め 方 「叱ることを時々、怒ることと子供たちに取り違えられることがある。それほど大人の叱り方は下手なのである。 褒めることは的にピッタリ当らねば甘く見られる。叱ることは三分的を外さねば逆らう。傷口に直接触れられるのは痛いものである。その痛さから新しい気力がおこるのであるから、傷口の深さ迄見究めねばならないが、的中必ずしも心を拓かない。褒め、叱るにはたしなみが要る」(本書「序文」より) 本書は、子供の心理、生理の構造をわかりやすく説くとともに、子供を育てる上で親が身につけるべきたしなみを説いている。 |
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病 人 と 看 病 人 人間は一人のときの心の動きと、二人以上の関係が生じたときの心の動きは微妙に異なるものである。兄弟のいない一人っ子、二人兄弟、三人兄弟の各々の心理を思い浮べれば、このことは容易に理解されよう。 |
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背 く 子 背 か れ る 親 「喧嘩をして……相手が強すぎたら……『負けたよ』と……あっさり言えるように教えておけばそれでいい。争うなとか、仲良くとかいう余分なことを子供達に教えなければ子供達はもっと自然に素直に育っていく。強ければ庇うことを……弱ければ従うことを覚える」。 野口晴哉の……「背く子、背かれる親」の一節である。著者は独特の体癖論をもとに、潜在意識教育法、整体操法、活元運動などを提唱し、実行している。それらは肉体の鍛練法でもあり、精神の健康法でもあるようだ。「人間の心と体は一つ」とする著者の文章に、私は不思議に明るく無垢な目を感じる。(朝日新聞 昭和47年3月7日付夕刊「標的」欄) |
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嫁 と 姑 上・下 「誰でも初めから悪いお嫁さんになろうと思って嫁に行く人もいないし、悪い姑になろうと心がけている人もいない。それなのに、いつの間にか、良い嫁、良い姑でなくなってゆく。意識的に良い嫁、良い姑であろうと努めるほど、違った方向に行くのは何故だろうか。これは、いわゆる意識的コミュニケーションの問題ではなく、潜在意識的なコミュニケーションに問題があり、更に生理的な体癖とか、その時の体の状態とか、今まで心とは関係がないと思われていたものの働きがあるからです」(本文より) 著者は、こうした立場から人間を見つめれば、お互いの理解の道が自ずと拓かれると説く。本書は、単に嫁と姑の問題のみならず、人間関係の本質を追究するものである。 |
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| 上巻 |
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| 下巻 |
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思 春 期 「思春期の問題で一番難しいのは、生理的に成長している性を、どのように分散させるか、そしてその分散する行為をどういう方向に向けるかということなのです。その分散の問題については、潜在意識の問題が非常に大事なのです」(本書「序」より) 思春期特有の行動、心理、生理等を説く本書は、体の成長に即して、どういう方向に心の可能性を開拓していくべきかを示唆している。思春期の子供達をもつ、親、教師ばかりでなく、心身関係に興味をもつ全ての人々にとって必読の書といえよう。 |
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